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ウチなりの解釈『兵法三十六計』 第四計 “以逸待労”(いいつたいろう)

2014/06/15 21:57 に Sae Goto が投稿

逸品・秀逸の「逸」、すなわち優れた、充実した、という意味。その状態を以て、敵の疲弊するのを待つ。先週の「趁火打劫(ちんかだきょう)」も、好機を見極め徹底的に攻めまくる、タイミング重視の戦略でしたが、今週もむやみやたらに攻めたてるのではなく、こちらは何時でも出撃できるよう、しっかり支度を整え、先に仕掛けた相手が疲れるのを待って、勝を取りに行く、やはり“タイミング”を見計らうことの大切さを表現しています。

 

「待つ」ということ、これは簡単なようで、特に情熱あふれ血気盛んな若い人、そして経験が未熟な人の場合は、大変むずかしいことだと思います。待っていることに意味があるのか、本当に待っていて好機が訪れるのか、経験がないと確信が持てず、落ち着かないからです。「間を取ること」もそうでしょう。人前で話す際、緊張して早口になってしまうのは、少しずつ区切って話し、相手が理解しているかを確認する余裕がないからです。

 

また、「一対多」だけでなく、「一対一」でも、交渉の過程で沈黙を嫌い、とりあえず軽い発言を繰り返すと、相手にも軽く見られ話しもまとまりません。さらに商売も同じ。早く利益をあげたいばかりに、顧客に押し売ろうとしたり、焦りを相手に見せてしまったりすると、足元を見られた、という経験をお持ちの方もおられるでしょう。(私もです!)

 

私が習っていた少林寺拳法だと「守主攻従(しゅしゅこうじゅう)」、空手なら、「後の先(ごのせん)」という言葉があります。いずれもまずは相手が仕掛けてくるのをかわす、或いは守り、相手の攻撃の力に乗じて反撃する、ということ。相手が攻撃してから自分も攻撃する「後手(ごて)」とは違います。決して自分から攻めず、相手の攻めが疲弊し、虚を見せた寸隙を狙う。充実を保ったまま、ひたすら「その時」を待つのですから、多大な体力と忍耐力が必要ですね。

 

では、どうやってその力を蓄えるのでしょう。結局経験則がものを言うなら、ひたすら練習し、経験し、失敗と反省を繰り返すしかないのかもしれません。でも「ただひたすら待つ」のではないのと同様に、「ただひたすら繰り返し練習する」のではなく、練習と経験のその先に、「タイミングを計る能力」が備わることをイメージすること、これも重要なポイントなのではないかと思います。なかなか頭は休まりませんね。


以逸待劳 [yi3 yi4 dai4 lao2]

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