後の祭り

Post date: Nov 16, 2015 6:38:20 AM

実は昨日、子供の将棋大会に付き添ってきました。私自身、恥ずかしながら、将棋のことは一切わかりません。子供たちがサッカーを習い始めた時も、自分自身の経験がないことを始めたことに対して、応援はしましたけど、どうやって練習すればいいのか、どうやって上手くなれるのか、子供と一緒に学んだような気がします。そして、途中のチームプレーや技術はともかく、「相手のゴールにボールを入れた方が得点になる」という、極めてわかりやすいルールと目標のもと、親も必死になって応援したものです。ただ、将棋はそういう訳にはいきません。

第一、スポーツではありませんから、屋内で大声を出して応援できないですし、私自身ルールがわからないのですから、静かに集中して頑張ってくれることを祈るしかありません。何となく、勉強してみたいような、でも奥が深くてそこまで自分で理解を深めようという気力がないような、そんな中途半端な気分です。そうやって、親自身が子供と共に歩むことを辞めてしまうと、もう子供の好奇心は無限大、あっという間に親の見えないところに行ってしまいます。一緒に勉強しようなんて思ったころには、もう追いつけません。後の祭りです。

ちょうど今の私にとっての将棋にぴったりの言葉を見つけました。後の祭り。手遅れ。中国語では「马后炮(馬後炮)マー・ホウ・パオ」といいます。馬の後で大砲を(?)を鳴らすから、タイミング的に遅い、そういう意味かと思っておりましたが、実は中国将棋のことだったようです。中国将棋の「馬」の駒の後に「炮」の駒を控えるということらしいです。日本の将棋も中国将棋もわからない私は、これ以上のコメントは控えますが、子供の成長と同様、社会や環境の流れの速さについていくかどうか、かなりこじつけながら同じことかな、と思っています。

新しいものに感激したり、刺激を受けることはあっても、それを自分の生活やビジネスに取り入れるのは、今までやってきたことを手放したり、導入にあたって多少のストレスや出費、エネルギーが必要となることから、だれでも若干はおっくうになります。でも、みんなが取り入れてから始めていては、リスクもない代わりに、先駆者利益も享受できません。でも、だれでもリスクは最小に抑えたい…。ここはビジネスセンスの見せ所ですよね。いやいや、単に「勘所」と言っているのではありません。これまでの経験に基づいた勘のほかに、客観的で定数的な根拠のある分析も大切です。会社で行うなら、企業としての判断が必要だからです。

新しいものに対して、どこまで勇気をもって臨んでいけるかは、それにどこまで対処できる準備ができているかにかかっているのでしょうね。将棋に関しては、もう私は子供に教えてもらうことしかありません。でも、子供たちが将棋の世界で新たな境地に挑んでいくことについては、十分準備をして、緊張はするだろうけど、よい緊張とパワーに本番化けられるよう、手伝っていきたいと思います。そして…そのほかの、そうですねぇ、仕事の部分に関しては、だれにも負けない部分をもっともっと磨いて、チャンスが来た時に手遅れに、そう、馬の後の炮にならないよう、感性と実力をつけていきたいと思います。

马后炮 [ma3 hou4 pao4]